畳が売れなくなったために生み出された【藺草製品】

2011-01-26

岡山県倉敷市のお土産として人気が高いのが藺草を使った小物雑貨だ。この名産品が生まれた背景には、日本人が慣れ親しんだ畳文化の衰退がある。今から約千八百年前に、神功皇后が倉敷市庄の松島において、藺草のむしろでござを作らせたのが畳の発祥といわれている。漢字だと「御座」となるのは皇后を敬ってのことである。それ以降、岡山では積極的に藺草製品を作りはじめ、江戸後期には全国に知られていく。明治に入ると畳と輸出用の花ござが人気を得ることになり、諸外国への重要な品として大正末期まで藺草は、畳の芯材になる板状の表面を包む、畳表として活用され、かつて岡山は藺草大国との異名をとるナンバーワンの生産地であったのだ。岡山県産業貿易振興協会によると、昭和三十九年のピーク時には、藺草の作付面積は五五〇ヘクタールもあったという。それが徐々に減少し、平成十九年には三ヘクタールまでに落ち込んでいる。中国などの海外から大量に安価な蘭草が輸入されはじめたことも要因であるが、一番の痛手になったのは、日本の住宅様式の変化であり、畳敷きの部屋が減少したことであろう。このような原因が重なって藺草を多く使わない、小物類やインテリア雑貨の製造にシフトするようになっていった。倉敷市で明治三十年から藺草製品を作り続ける今吉商店では、三代目になった頃から「倉敷い草の民芸品」と看板に謳って、畳中心の営業方針からシフトしている。倉敷ブランドに認定された、色彩豊かなテーブルセンターをはじめ、オリジナルデザインのコースター、花ござ、スリッパ、またマウスパッドなどのPCアクセサリーに及ぶまで各製品が揃う。岡山県では、倉敷市が藺草発祥の地であり、弾力性のある質の高い藺草を生産していることから、藺草を観光客にPRしている。

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