インド手芸手織物輸出公団とデザイン契約をし、インドの素材を使って「HANAEMORIMadeinIndia」というコレクションを、毎年つくることになったのである。一九六九年のことだ。どんなに素晴らしい素材があっても、それを現代の感覚に合ったものにし、形にして、世界に紹介する人がいなければいけない。しかもその紹介は、成功すれば、一つの産業になって育つのだ。以来、毎年何回かインドに行った。しかし、当時はまったくといっていいほど日常的に洋服を着ていないわけだから、難しい。型紙の作り方も知らない。できることは、ただ美しい色を使った美しい布地をつくるということだけ。ハンドクラフトの公団では、若い人たちの指導に力を入れたいといった。インド手芸手織物輸出公団の総裁は、マダム・ジャヤカールという女性だった。ガンジー首相の幼友だちで、美術評論などの著書もある人だ。感性が優れ、美しいものがとてもよくわかる。彼女自身のサリーの装い方も素晴らしく、その姿を見ていて、趣味のいいものは西洋も東洋も同質だとしみじみ感じた。