東大や京大をはじめとする日本の一流大学は「思考型の秀才」が欲しい、というのが本音であろう。しかし、入試は「暗記型の秀才」に有利である。入試に小論文などを課してみても、たちまち予備校に研究されて「傾向と対策」が可能な暗記科目となってしまうわけであるから。そこで、ともかく秀才さえ入れておけば中には第二、第三の利根川進みたいなのが混じっているだろう、というわけで、高偏差値の学生を奪い合っている、というのが現状である。いくら思考力といったところで、その前提になる理解力や記憶力が劣るものが独創的な発見などできるわけはないのであるから、大学側からすれば無難な選び方なのである。しかし、だからといって、このままではあまりにも芸がなさすぎる。高校以下の教育に及ぼす悪影響も大きい。高校以下でも、それこそより個性的で創造的な知性を育むために、もっと問題発見型の教育に力を入れる必要があるのはわかっているのだから。

2010-12-10

東大や京大をはじめとする日本の一流大学は「思考型の秀才」が欲しい、というのが本音であろう。しかし、入試は「暗記型の秀才」に有利である。入試に小論文などを課してみても、たちまち予備校に研究されて「傾向と対策」が可能な暗記科目となってしまうわけであるから。そこで、高偏差値の学生を奪い合っている、というのが現状である。いくら思考力といったところで、その前提になる理解力や記憶力が劣るものが独創的な発見などできるわけはないのであるから、大学側からすれば無難な選び方なのである。しかし、だからといって、このままではあまりにも芸がなさすぎる。高校以下の教育に及ぼす悪影響も大きい。高校以下でも、それこそより個性的で創造的な知性を育むために、もっと問題発見型の教育に力を入れる必要があるのはわかっているのだから。

【参考記事】
http://www.aichebank.net/others/enaazy12861.html


http://www.2eze.net/others/tbbuca12866.html


http://www.at-techca.net/others/skzbnb12867.html