70年代から80年代には、大阪の阪急ファイブ、なんばシティ、ナビオ阪急をはしめ、全国的にファッションビルが乱立された。この乱立で、80年代後半から90年代にかけて競争激化に拍車が掛かり、生き残り競争時代を迎えた。ファッションビルの増加に伴って、専門店も積極的な出店を繰り返したが、この結果、皮肉にもテナント構成の同一化と商品の同質化か進み、ファッションビルも大きな曲がり角に立たされることとなった。今日では、これまでのような大手の衣料品専門店を中心とした店作りから、個性を強く出す専門店や海外の有名ブランドショップを核にした店作りをはじめ、CDや書籍、コンピュータ、スポーツといった集客力の優れた文化関係の大型専門店を集めた店作りに変わってきている。これは消費者の関心が、これまでの衣料品中心から生活全体を潤すモノやコトに移っていることが背景となっている。厳しい競争時代に生き残ることができるのは、立地や店舗規模よりも消費者ニーズを確実に売り場に反映したファッションビルといえよう。新潟市の万代シティビルボードプレイスはその代表例で、地方都市からこうした新しいファッションビルが誕生していることは注目されよう。